来る11月18日(金)の午後2時より、定例聞法会である「同朋の会」を行います。

先ず「正信偈」を共に唱和し、

親鸞聖人のお言葉や、念仏に生きられた方々の教えを聞法いたします。

次に、日常における「仏事」に関する問いを、

「真宗門徒」として、どのように受け止めていけば良いのか、共に座談したいと思います。

最後に、『まんが 宗祖 親鸞聖人』(難波別院発行)を用い、

今回からは第2巻(逆縁教興編)に入り、

第13話「興福寺の奏状」・第14話「信心争論」を読み、

当時の法然門下の信心の受けとめ方を考えていきたいと思います。

テキストはお寺で用意しております。

皆さま、ぜひお気軽にご参加くださいますよう、宜しくお願い致します。

合掌


去る11月1日(火)午後2時より、当寺報恩講の「結願日中」が勤まりました。

結願日中の勤行は、先ず伽陀(仏徳讃嘆)の後、住職として「報恩講」に対する想いを尊前にて「表白」させていただきました。

そして、正信偈(草四句目下)と念仏(淘五)と和讃「三朝浄土の大師等」をご門徒と一緒に「唱和」いたしました。

「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」(『恩徳讃』)という、

親鸞聖人の一生をかけて表白された「御和讃」を改めて、そのお意をいただき直しました。

最後に、「御俗姓」御文を拝読し、宗祖・親鸞聖人のご遺徳を偲ばせていただきました。

 

法要後のご法話は、松井 聰氏(門真市・心願寺住職)によるご法話をいただきました。

「ただ念仏のみぞまこと」とう講題のもと、「念仏」とは、「真実」とはと懇切丁寧にお話しくださいました。

私たちの「日頃の心」や「煩悩具足の凡夫」の在り方などを身近な表現で気づかせていただき、 ご門徒も深く頷いている姿がとても印象的でした。

「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいすべし」と法然上人からいただかれた言葉から展開され、

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」(『歎異抄』)

の意義へと「お念仏の教え」を深めてくださいました。

本当に人間の物差しには、どこまでも自己関心(無明)から抜け出すことが出来ず、

阿弥陀如来の眼(智慧の光)によって初めて「真実」ということが顕かにされるのだと教えられました。

 

お蔭様をもちまして、この正圓寺の住職として五年目の「報恩講」を迎えさせていただきました。

常にご門徒の皆さまの支えによってお寺が「護持・相続」され、 ご門徒一人ひとりの「念仏の教え」を大切にする心が「報恩講」を創り上げていくのだなと、感動いたしました。

これからも「知恩報徳」「報恩謝徳」の生活を大切に、一人でも多くの方がこの本堂にご参詣いただけるように、

日々の「布教活動」に努めていかなければと心新たにした「報恩講」となりました。

ご協力・ご参詣いただきました皆様、誠に有り難うございました。 住職 合掌

 

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≪ご法話:松井 聰 氏≫


去る11月1日(火)午前11時より、当寺の「報恩講」結願逮夜が勤まりました。

勤行は、正信偈(真四句目下)、念仏讃(淘五)、和讃「五十六億七千萬」といつもよりお勤めが重くなりましたが、

参詣者と共に、声高らかに宗祖のお言葉をいただき「同朋唱和」することができました。

後に「大坂建立」の御文が拝読され、ご門徒一人ひとりが「信心獲得」してほしいという

親鸞聖人・蓮如上人の願いを拝聴させていただきました。

 

午前法要後の法話には、新保宗証氏(北海道教区・不退寺副住職)よりご法話をいただきました。

報恩講の「勤行」の意味や本堂の「お荘厳」などの大切さを通して、

阿弥陀仏の願いが、「形(南無阿弥陀仏)」となって私たちまで届いてくださっているのだと、力説してくださいました。

 

「結願逮夜」終了後は、本堂で婦人会の手作りの「お斎(おとき・食事)」をいただきました。

今年度は、大根煮とさつまいもご飯を、真心の込めて作ってくださいました。

美味しい「お斎」と共に、皆さんと歓談し、とても有意義な時間をいただきました。

「お斎」を通して、様々な会話が生まれる「場」こそ、「報恩講」の醍醐味であると感じました。

午前中からも多くのご参詣を賜り、丁寧に「結願逮夜」を勤め終えることが出来ました。

合掌IMG_3783

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪新保 宗証 氏のご法話≫

≪お斎(昼食)の様子≫

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来たる平成28年11月01日(火)、拙寺正圓寺の本年度「報恩講」が勤修されます。

本年度より「門信徒追弔法会」も並べて勤めさせていただきたく存じます。

 

①午前11時より「結願逮夜」が勤まります。

12時40分より、新保 宗証氏(北海道教区・不退寺副住職)によるご法話があります

法話後、お斎(昼食)をご用意しておいります。

ご門徒の皆さまと様々な交わりを深め、ゆっくりご歓談したいと考えております。

 

②午後2時より「結願日中」が勤まります。

午後2時45分より、松井 聰氏(門真市・心願寺ご住職)によるご法話を頂戴いたします

忙しい日常とは思いますが、一度立ち止まり「自己」を顕かにする場と時をいただくのはいかがでしょうか?

是非、本堂にお参りいただき、お焼香・ご聴聞を賜りますようお願い申し上げます。

 

この「報恩講」とは、宗祖である親鸞聖人が生涯をかけて顕かにされた「本願念仏の教え」を聴聞し、

「御恩」とは一体どういうことなのか?

「如来の大悲」とは、「師主知識」とは、私の生活にどのような関りがあるのか?

ご一緒に聞法し、「報恩謝徳」の意義を深めていきたいと考えております。

ご多用中とは存じますが、皆さまの本堂へのご参詣を心よりお待ちしております。

住職 合掌

《ご法話:松井 聰 氏(門真市・心願寺住職)》

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来たる 11月1日(火)に勤修される「報恩講」を迎えるにあたり、

10月24日(月)午後2時より、本堂の「仏具おみがき奉仕会」を行います。

この仏具のお磨きを通して、わが心も磨き、

仏さまにお給仕する「心」を大切に育んでいただきたいと思います。

そして心新たに本年度の「報恩講 並 門信徒追弔法会」をお迎えしたいと存じます。

ぜひご協力をいただきますようお願い申し上げIMG_2228ます。

各自お持ちいただく物は、軍手・タオル・新聞紙・歯ブラシ・前掛けとなります。

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。合掌


来る10月17日(月)の午後2時より、定例の聞法会である「同朋の会」を行います。

先ず「正信偈」を共に同朋唱和することを通して、

親鸞聖人のお言葉や念仏道に生きられた方々の教えを聞法しましょう。

次に、日常における「仏事」に関する問いを、

「真宗門徒」として、どのように受け止めていけば良いのか、共に座談したいと思います。

最後に、『まんが 宗祖 親鸞聖人』(難波別院発行)を用い、

今回からは第2巻(逆縁教興編)に入り、

第12話「九箇条の矢」の内容を学び、興福寺の奏状の背景を考えていきたいと思います。

テキストはお寺で用意しておりますので、お気軽にご参加ください。

合掌

 


 浄土真宗のご門徒(門信徒)が最も大切にする仏事に「報恩講」という「集い」があります。京都・本山、東本願寺(真宗本廟)では毎年十一月二十一日から二十八日まで勤められます。また全国の真宗大谷派の寺院においても、年に一度、期日を定めて盛大に勤められています。

 では「報恩講とは何か」を訪ねるキーワードに、「十一月二十八日」があります。この日は、宗祖・親鸞聖人の「祥月命日」にあたります。聖人が亡くなられたご命日に、御同朋・御同行による「仏法聴聞の集い」を開いてきたのです。親鸞聖人の死が機縁となって、自らの「信心」を確かめ学び直そうという人たちが集まり勤め続けてこられました。この集いを「講」というわけです

第二のキーワードは「報恩(ほうおん)」です。恩に報(むく)いる、恩を報(し)らせるとも読みましょう。この恩とは何でありましょう。 

 「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」

 

 これは親鸞聖人の「仏徳讃嘆(さんだん)」のご和讃です。私を救うてくださる仏さま(阿弥陀如来の大悲)、この私を仏さまの教えに導いてくださる祖師・高僧方(師主知識)への恩謝、身を粉にしても、骨を砕いても報謝すべしといわれています。それほどまでの「ご恩」をいただいたということでしょう。

 

 そして「報恩」とは、浄土真宗を顕かにされた親鸞聖人の生き様そのものです。それに私たちもならい、聖人の後について「お念仏の教え」を聞法してまいりましょうという願いが、この報恩講という仏事には託されているのです

「報恩講」は本山や寺院だけでのみ勤められるのではなく、ご家庭の「お内仏(仏壇)」でも勤められる仏事です。家庭での報恩講は「お取り越し」ともいわれ、お内仏に家族みんなでお参りし、「報恩謝徳」を考えてみたいものです。〈合掌〉

 


来る9月18日(日)午後2時より、本堂にて「秋の彼岸会法要」が勤まります。

午後2時からお経と正信偈をいただく法要が勤まり、

法要後、拙寺住職の法話がございます。

本年は、9月22日(木・秋分の日)が中日となり、19日(敬老の日)から25日までの一週間がお彼岸の期間となります。

各寺院では彼岸会法要が勤められ、 皆さま方には家族揃ってお墓参りをするなど、古来親しまれてきました。

今を生きる私たち一人ひとりが、亡き人を偲びつつ、「念仏の教え」に出遇うことが願われているのです。

私たちは、何のために生まれて、何をして生きていくべきなのか?

「彼の岸」っである浄土から「南无阿弥陀佛」という声になって、私たちに問いかけてくださっています。

 

亡き人からの声なき声を聞き、この私が合掌し「念仏」申す身であることに目覚めていくことが大切であると思います。

ぜひ、本堂にご参詣いただき、自己の生活を振り返り、共にお念仏を申し、仏徳讃嘆してまいりましょう。

住職 合掌


 法事などでご家庭についたら、まず、家庭の中心であるお内仏(お仏壇)にお参りします。お内仏は、私を支える「いのちの尊さ」や「仏さまの願い」を脈々と伝え、この私にはたらきつづけている家庭の依りところ(中心)であります。ですから、私たちが本来依るべき「いのちの尊さ」を表現しているお内仏に、何よりも先にお参りするのです。

 具体的な作法ですが、まずお内仏の正面に進みます。持参された「御香儀(ごこうぎ)」や「お供え物」は、お内仏の前にお供えします。そして、ご本尊・阿弥陀如来を仰ぎ見、念珠を両手に掛けて、合掌します。

 そのとき、鈴を鳴らしてから合掌される方をよく見かけます。しかし浄土真宗では、お勤めのとき以外は鈴を鳴らしません。鈴は、お勤め(勤行)の「合図」を示し声の調子を整えるために、お勤めの前後などに鳴らすものなのです。ですから、合掌するときやお供え物をしたときなどには鈴を鳴らさないものです

 ところで、鈴はどの宗派でも用いられる大事な「仏具」ですが、真宗大谷派(東本願寺)で使われている鈴について少し述べます。鈴を置く四角形の台のことを鈴台(りんだい)といいます。また、鈴と鈴台の間に金襴輪(きんらんわ)があります。当派では、「ふとん」は使用しません。それから、鈴を鳴らすための棒を撥(ばち)といいます。撥は、お勤めに使うとき以外は、鈴の中に納めておきます

 最後に、合掌の際にお内仏を見ますと、正面中央がご本尊の阿弥陀如来です。側面には、「法名釋○○」と書かれた「法名軸」か「過去帖」が掛かっています。今日は、この「法名軸」「過去帖」に書かれた方の大切なご法事です。亡き人を偲ぶことを通して、今ある私の「尊い人生」を見つめ直し、深い「いのちの背景」を考える機縁としたいものです。合掌


去る8月16日(火) 午後2時より、本堂において「お盆追弔法要」並びに「節談説教」が行われました。

お盆のご多用の中、また猛暑の中、多くの方が本堂にご参詣くださり、誠に有り難うございました。

今年は、三世代で、祖父母さんからお孫さんまで幅広くお参りくださり、

賑々しく勤めることができ、大変嬉しく感じました。

小さな手を合わせ合掌する姿に、感動を覚えます。

 

また法要後に、祖父江 佳乃 氏(名古屋市・有隣寺住職)をお迎えし、「節談説教」をいただきました。

節談説教とは、高座での説教を指し、そして節とは言葉の長さ、速さ、間、すべてが「節」となります。

祖父江氏の語りの世界に引き込まれ、如来や浄土の世界、また親鸞聖人の姿を思い浮かべながら、

熱心に耳を傾け、お説教の醍醐味を味わいながら、聴聞させていただきました。

改めて、真宗門徒における「お盆法要」の意義を確かめさせていただきました。

 

真宗のお寺とは、誰しもに開放された場であり、これからも失敗を恐れずに、

様々なことを表現して、「お寺の在り方」を模索していきたいと思います。

また来月の秋の彼岸会法要、そして「報恩講」をお迎えするにあたり、

御門徒皆さまのご尽力・ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

住職合掌

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