来たる 11月1日(火)に勤修される「報恩講」を迎えるにあたり、

10月24日(月)午後2時より、本堂の「仏具おみがき奉仕会」を行います。

この仏具のお磨きを通して、わが心も磨き、

仏さまにお給仕する「心」を大切に育んでいただきたいと思います。

そして心新たに本年度の「報恩講 並 門信徒追弔法会」をお迎えしたいと存じます。

ぜひご協力をいただきますようお願い申し上げIMG_2228ます。

各自お持ちいただく物は、軍手・タオル・新聞紙・歯ブラシ・前掛けとなります。

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。合掌


来る10月17日(月)の午後2時より、定例の聞法会である「同朋の会」を行います。

先ず「正信偈」を共に同朋唱和することを通して、

親鸞聖人のお言葉や念仏道に生きられた方々の教えを聞法しましょう。

次に、日常における「仏事」に関する問いを、

「真宗門徒」として、どのように受け止めていけば良いのか、共に座談したいと思います。

最後に、『まんが 宗祖 親鸞聖人』(難波別院発行)を用い、

今回からは第2巻(逆縁教興編)に入り、

第12話「九箇条の矢」の内容を学び、興福寺の奏状の背景を考えていきたいと思います。

テキストはお寺で用意しておりますので、お気軽にご参加ください。

合掌

 


 浄土真宗のご門徒(門信徒)が最も大切にする仏事に「報恩講」という「集い」があります。京都・本山、東本願寺(真宗本廟)では毎年十一月二十一日から二十八日まで勤められます。また全国の真宗大谷派の寺院においても、年に一度、期日を定めて盛大に勤められています。

 では「報恩講とは何か」を訪ねるキーワードに、「十一月二十八日」があります。この日は、宗祖・親鸞聖人の「祥月命日」にあたります。聖人が亡くなられたご命日に、御同朋・御同行による「仏法聴聞の集い」を開いてきたのです。親鸞聖人の死が機縁となって、自らの「信心」を確かめ学び直そうという人たちが集まり勤め続けてこられました。この集いを「講」というわけです

第二のキーワードは「報恩(ほうおん)」です。恩に報(むく)いる、恩を報(し)らせるとも読みましょう。この恩とは何でありましょう。 

 「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし」

 

 これは親鸞聖人の「仏徳讃嘆(さんだん)」のご和讃です。私を救うてくださる仏さま(阿弥陀如来の大悲)、この私を仏さまの教えに導いてくださる祖師・高僧方(師主知識)への恩謝、身を粉にしても、骨を砕いても報謝すべしといわれています。それほどまでの「ご恩」をいただいたということでしょう。

 

 そして「報恩」とは、浄土真宗を顕かにされた親鸞聖人の生き様そのものです。それに私たちもならい、聖人の後について「お念仏の教え」を聞法してまいりましょうという願いが、この報恩講という仏事には託されているのです

「報恩講」は本山や寺院だけでのみ勤められるのではなく、ご家庭の「お内仏(仏壇)」でも勤められる仏事です。家庭での報恩講は「お取り越し」ともいわれ、お内仏に家族みんなでお参りし、「報恩謝徳」を考えてみたいものです。〈合掌〉

 


来る9月18日(日)午後2時より、本堂にて「秋の彼岸会法要」が勤まります。

午後2時からお経と正信偈をいただく法要が勤まり、

法要後、拙寺住職の法話がございます。

本年は、9月22日(木・秋分の日)が中日となり、19日(敬老の日)から25日までの一週間がお彼岸の期間となります。

各寺院では彼岸会法要が勤められ、 皆さま方には家族揃ってお墓参りをするなど、古来親しまれてきました。

今を生きる私たち一人ひとりが、亡き人を偲びつつ、「念仏の教え」に出遇うことが願われているのです。

私たちは、何のために生まれて、何をして生きていくべきなのか?

「彼の岸」っである浄土から「南无阿弥陀佛」という声になって、私たちに問いかけてくださっています。

 

亡き人からの声なき声を聞き、この私が合掌し「念仏」申す身であることに目覚めていくことが大切であると思います。

ぜひ、本堂にご参詣いただき、自己の生活を振り返り、共にお念仏を申し、仏徳讃嘆してまいりましょう。

住職 合掌


 法事などでご家庭についたら、まず、家庭の中心であるお内仏(お仏壇)にお参りします。お内仏は、私を支える「いのちの尊さ」や「仏さまの願い」を脈々と伝え、この私にはたらきつづけている家庭の依りところ(中心)であります。ですから、私たちが本来依るべき「いのちの尊さ」を表現しているお内仏に、何よりも先にお参りするのです。

 具体的な作法ですが、まずお内仏の正面に進みます。持参された「御香儀(ごこうぎ)」や「お供え物」は、お内仏の前にお供えします。そして、ご本尊・阿弥陀如来を仰ぎ見、念珠を両手に掛けて、合掌します。

 そのとき、鈴を鳴らしてから合掌される方をよく見かけます。しかし浄土真宗では、お勤めのとき以外は鈴を鳴らしません。鈴は、お勤め(勤行)の「合図」を示し声の調子を整えるために、お勤めの前後などに鳴らすものなのです。ですから、合掌するときやお供え物をしたときなどには鈴を鳴らさないものです

 ところで、鈴はどの宗派でも用いられる大事な「仏具」ですが、真宗大谷派(東本願寺)で使われている鈴について少し述べます。鈴を置く四角形の台のことを鈴台(りんだい)といいます。また、鈴と鈴台の間に金襴輪(きんらんわ)があります。当派では、「ふとん」は使用しません。それから、鈴を鳴らすための棒を撥(ばち)といいます。撥は、お勤めに使うとき以外は、鈴の中に納めておきます

 最後に、合掌の際にお内仏を見ますと、正面中央がご本尊の阿弥陀如来です。側面には、「法名釋○○」と書かれた「法名軸」か「過去帖」が掛かっています。今日は、この「法名軸」「過去帖」に書かれた方の大切なご法事です。亡き人を偲ぶことを通して、今ある私の「尊い人生」を見つめ直し、深い「いのちの背景」を考える機縁としたいものです。合掌


去る8月16日(火) 午後2時より、本堂において「お盆追弔法要」並びに「節談説教」が行われました。

お盆のご多用の中、また猛暑の中、多くの方が本堂にご参詣くださり、誠に有り難うございました。

今年は、三世代で、祖父母さんからお孫さんまで幅広くお参りくださり、

賑々しく勤めることができ、大変嬉しく感じました。

小さな手を合わせ合掌する姿に、感動を覚えます。

 

また法要後に、祖父江 佳乃 氏(名古屋市・有隣寺住職)をお迎えし、「節談説教」をいただきました。

節談説教とは、高座での説教を指し、そして節とは言葉の長さ、速さ、間、すべてが「節」となります。

祖父江氏の語りの世界に引き込まれ、如来や浄土の世界、また親鸞聖人の姿を思い浮かべながら、

熱心に耳を傾け、お説教の醍醐味を味わいながら、聴聞させていただきました。

改めて、真宗門徒における「お盆法要」の意義を確かめさせていただきました。

 

真宗のお寺とは、誰しもに開放された場であり、これからも失敗を恐れずに、

様々なことを表現して、「お寺の在り方」を模索していきたいと思います。

また来月の秋の彼岸会法要、そして「報恩講」をお迎えするにあたり、

御門徒皆さまのご尽力・ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

住職合掌

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 ~亡き人を案ずる私が 亡き人から案じられている~

来る8月16日(火)午後2時から、大切な亡き人を偲びつつ

「お盆追弔法要 兼 節談説教」を勤修いたします。

また法要後には、祖父江佳乃氏(名古屋教区・有隣寺住職)による節談説教がございます。

この節談説教とは、高座での説教を指します。

そして、節とは言葉の長さ、速さ、間。語り全てが節です。

そして、説教は阿弥陀様のお取り次ぎです。

そのため、高座に座布団を用いることはなく、拍手ではなく念仏が生まれます。

つきましては、本堂にご参詣いただき、亡き人からの願いを聞き開いていただきたく思います。

ご多用中とは存じますが、どなた様もご自由にご参加できますので、

ご家族・知友、お誘い合わせの上お気軽にご参加ください。

住職 合掌

【祖父江 佳乃氏(名古屋教区・有隣寺住職)】

節談説教の名手、故・祖父江省念氏を祖父に持つ
愛知県名古屋市の真宗大谷派有隣寺住職。
祖父江佳乃住職の説教の特徴は、女性にスポットを当てること。
親鸞聖人の母や、妻の恵信尼の心情が細やかに語られる。
 
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 お盆は、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、

『盂蘭盆経』というお経に説かれるお釈迦さまの高弟・目蓮(もくれん)尊者の物語に由来するものです。

この盂蘭盆とは、「ウランバナ(梵語・釈迦在世当時の言葉)」を音訳したもので、

「倒懸(とうけん)」と訳されます。非常な苦痛をたとえたものです。

 その『盂蘭盆経』には、目蓮尊者がお釈迦さまの教えにより、

餓鬼道に落ちて苦しむ母を、百味(ひゃくみ)の飲食(おんじき)をもって修行僧たちに供養し、

その功徳によって救われたと説かれています。

 この経説と「先祖の霊が帰る」という日本独自の「民間信仰」が結びつき、

現在のお盆の形が生まれたものと思われます。

十三日には先祖の霊が家に帰り、十六日にはお墓に戻るという考え方です。

その行き帰りの目印として「提灯」が必要となり、「送り火」「迎え火」が行われ、

家庭には「精霊棚(しょうりょうだな)」を設け、先祖の位牌や仏具を置き、

供養の品々を備えるようになりました。つまり、お盆を「先祖供養」の期間として捉えたのです。

 

 それに対して浄土真宗は、仏さまがお墓と家庭を「往復」するという考えをしません

ですから、送り火・迎え火は行わず「提灯」や「精霊棚」も必要ありません。

また先祖の乗り物と言われている馬や牛に見立てた、キュウリやナスの作り物も必要ありません。

 

ご家庭ではお内仏(仏壇)に手を合わせ、

お墓では墓石の正面に記した「南無阿弥陀仏」に手を合わせるだけです。

仏さまに手を合わせるという意味では、家庭でもお墓でも同じことなのです。

 ですから、お盆をお迎えするのは、亡き先祖の霊を救うという「供養」のためではありません。

亡き人を偲び、わが身・わがいのちの尊さを振り返る大切な時といただくべきでしょう

つまり「仏法聴聞」を通して、仏さまの深い恩徳を知り、

諸仏(しょぶつ)である「先祖の願い」をいだき直すのです。〈終〉


来る7月18日(月・海の日)の午後2時より、「同朋の会(聞法会)」を行います。

先ず「正信偈」を共に同朋唱和し、宗祖の「お念仏の教え」をいただきたい思います。

次に、日常における「仏事」に関する問いを通して、

真宗門徒として、どのように受け止めていけば良いのか、共に考えていきたいと思います。

最後に、『まんが 宗祖 親鸞聖人』(難波別院発行)を用い、

今回は、『一念多念は「信行両座」で』という内容に触れ、

吉水時代の親鸞聖人のご生涯に学んで参りたいと思います。

ぜひお気軽にご参加ください。 合掌

 


 帰敬式(ききょうしき)とは、「おかみそり」とも言われ、ご本尊の前で仏・法・僧の「三宝(さんぼう)」に帰依することを誓い、

そして親鸞聖人が顕かにされた「浄土真宗の教え」に自らの人生を問いたずね、「仏弟子」としての新たな人生を歩ませていただく大切な儀式です。

この式を受けた方には、「法名(ほうみょう)」が授与されます。

 この法名とは、俗名に対する仏法土の名です。特に浄土真宗では「釋(しゃく)」の字を冠しています。

これは中国の釈道安の「出家者は、釋尊の釋を姓とすべき」といった提唱に由来するものです。

以降、漢字文化圏の出家者は「釋」を冠し、法名を名のるようになりました。

 また帰敬式では、「三帰依文」を唱えることになっています。

三帰依とは、「お念仏(南無阿弥陀仏)の教え」を説かれた釋尊に帰依し、「仏弟子」として生きる宣言を、自他にしらしめていくことなのです。

 この「三帰依」とは、「仏(覚者)」に遇うということを宝とする。そして、「仏法(教え)」を宝とする。そして「僧伽(さんが)」を宝とする。

この僧伽とは、僧侶だけを指す言葉ではなく、仏の教えを大切にし、その教えによって道を求める人びとのことで、

その人びとから友とされ、その人びととの出遇いを「宝」として生きるということです。

 

皆さんにとって「法名」は、亡くなってから住職につけていただくといったイメージがあったことでしょう。

しかし、これまで述べてきたように、「南無阿弥陀仏の教え」に導かれ、仏道を歩む者となった新たな名のりという意味から、

本来、生きている間にいただくものなのです。

 

なお、帰敬式はご本山である真宗本廟(東本願寺)や各別院・寺院(正圓寺)で受式することができます。

「本願念仏の教え」に出遇った証として、ぜひ帰敬式を生前に受け、「真宗門徒」としての出発を確かめていただきたいものです。 〈終〉

 


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